コラム

ウェル・ビーイングが取り組む多彩なテーマを、現場の知見やデータに基づいて発信するコラムです。
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保健事業を「優先度」から考える理由

パレートの法則

「成果の80%は、優先度の高い20%の仕事によって得られる」これは有名な「パレートの法則(80対20の法則)」です。パレートの法則は、ビジネスや生活の様々な場面でも当てはまる経験則で、私も実感するところです。

では、健康保険組合の健全経営(私は保険料収入をベースにした『最も費用対効果が高い経営』と定義)に必要な仕事の優先度とは何でしょうか?

 

保健事業の優先度

健康保険組合は被保険者から一律で年収の何%かを保険料として集めます。その使用目的は1)病気にならないようにするための健康投資としての保健事業を行う、図らずしも、望まない病気になった方に対しては2)インシャランス(保険)として医療費給付を行う、の2つの業務です。

平等に保険料を集めるが故に、健保は加入者に対する平等なサービス提供が求められます。1)に関しては健診や健康情報の提供等、ほぼ平等なサービスの提供が可能ですが、2)に関しては、医療費がかかった場合の負担軽減の機会は平等に与えられても実際の給付額は著しく不平等にならざるを得ないのが現実です。

そして、かかってしまった医療費に関しては、工夫の余地なく支払わざるを得ないので「費用対効果」は論じることができません。このように考えると、健保の健全経営に関しては1)の保健事業のやり方で決定されることに気づくでしょう。健保連が『保険者機能の強化』を訴える理由もここにあります。

私は26年間、保健事業の分野で仕事をしてきましたが、1)の保健事業で発症や重症化が予防できる疾患と出来ない疾患があることに気づきました。従って、健保が健全経営の為に行うことができる有効な保健事業の対象は『発症や重症化が抑制可能な疾患』に限られることがわかりました。そして、数ある保健事業に『費用対効果』の考え方を導入し、発症や重症化の抑制によって得られる医療費の推定削減額の大きさで保健事業の優先度を考えたのです。

具体的にはICD-10(第10版 2003年)に準拠した119の疾病コード毎に、治療以外の生活習慣等の改善によって発症や重症化が抑制可能であると考えられた疾患を抽出し、それを年間の医療費の大きい順から並べます。すると、①5大がん(胃がん・大腸がん・肺がん・乳がん・肝がん)や②脳・心・腎関連疾患(脳卒中・虚血性心疾患・慢性腎不全)、そして、その原因と想定される③3大生活習慣病(高血圧性疾患・糖尿病・脂質異常症)が上位に来ることに気づきました。

がん予防は非常に重要なのですが、発症のメカニズムが複雑で、生活習慣の改善の寄与率は脳・心・腎関連疾患及び3大生活習慣病に比べて低いと考えられたので、私たちはまず、脳・心・腎関連疾患と3大生活習慣病の6つの生活習慣病関連疾患を『優先度の高い疾患』と位置付けました。

費用対効果に関してはその年の保健事業費としていくら使い、翌年の生活習慣病関連疾患の医療費(医療費の計算が困難な場合は、それとの相関性が高いことを確認した「リスクポイント」の変動で有効性を代替)はいくら削減されたのかで評価するようにしました。

①のがん関連疾患は状況が複雑なので優先度をいったん下げました。入院医療費は外来医療費に比べると桁が違うので、保健事業の優先度の1位を②の生活習慣病関連疾患、特に入院や透析導入リスクの高い「脳・心・腎関連疾患の発症・再発・重症化予防」とし、2位は③の脳・心・腎関連疾患の悪化因子となり、単独でも重症化すると入院リスクのある「3大生活習慣病の発症・重症化予防」として着手するのが有効と考えます。

 

特定健診・特定保健指導の費用対効果は高いのか?

このように述べると「結局は、特定健診・特定保健指導でしょう」という声が聞こえてきそうですが、違います。

理由は②と③には「服薬している方=保健指導の対象にはならない方」が多く含まれるからです。

ある調査会社の調べでは、健保が外注する保健事業費の多くが「特定健診・保健指導」に使われているそうです。

しかし、残念なことに我々の追跡調査では特定保健指導の実施で検査値が改善した方も3年後には再び悪化し、特定保健指導を実施した集団と保健指導の対象になってはいたが実施しなかった集団の3大生活習慣病の医療費には有意差がありませんでした。

同様の結論は京都大学の福間 真悟氏らの疫学研究報告「JAMA Internal Medicine誌オンライン版2020年10月5日号」にも以下の様に記されています「特定保健指導によって体重は1年後にわずかに減少したが、血圧、HbA1c、LDLコレステロールなどの心血管リスク因子改善が認められなかった(中略)『特定健康診査の費用が高額(年間約160億円)であることを考慮し、そのシステムを再評価する必要がある』」と。

 

現在の保健事業の最大の課題

保健事業の専門の調査会社の資料ではデータヘルス事業領域の事業領域別市場規模をみると、2023年度の1位は「特定健診・特定保健指導」で、全体の89%を占め、2位の「データ分析・企画立案」の5%を大きく引き離しています。この要因は「特定健診・特定保健指導」が健保に義務化されていることに加え、その達成率が後期高齢者支援金に影響を与えるという「加算・減算」バイアスによると考えられます。

政府の思惑もあって、健保の保健事業が「はじめに特定健診・特定保健指導ありき」となっていて、必ずしも「パレートの法則」に従ってはいないところが、現在の保健事業の最大の課題であると考えます。

文責:株式会社ウェル・ビーイング取締役会長 鈴木誠二

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