健康経営の指標は何か?


先日、「健康経営」に関するセミナーに参加した。
健保の保健事業を効果的・効率的に実践し、予防可能な加入者、なかんずく圧倒的に生活習慣病を発症しやすい45歳以上の男性従業員の生活習慣病関連疾患を抑制するには、事業主の理解と協力は不可欠である。
参加したセミナーの講演で紹介された企業においても、健保と人事と健康管理センターが毎月1回健康管理推進委員会を開催し、従業員の健康状態の何が問題なのか?誰が問題なのか?を明確にして、3者が連携して従業員の健康管理をしているそうである。特に各地区の産業保健推進者を工場長に担当してもらっているのは組織力学的に極めて効果的であると感じた。
最後の質疑応答では「経営トップの理解と協力を得るのに、従業員の健康度が高まると企業の経営にも良い影響が出る事をどのようなデータを使って説明しているのか?」との質問が出された。
これは、重要な視点である。
2004年、プレゼンティーズムの第一人者である米国のショーン・サリバンが来日し、東京のプレスセンターで講演を行った。講演後、真っ先に出された質問は「健康状態の改善によって生産性が高まることをどのような方法で証明し、経営陣にその有効性を説明したのか?」という、奇しくも先程と同じ内容であった。
ショーン・サリバンは一瞬間をおき、なぜそんなことを聞くんだという怪訝そうな顔をして「アンケート」とだけ答えたのが、今でも印象に残っている。
それまで微に入り細に入り米国人らしい数字を駆使したロジックで論を展開していたので、この結末にはそのギャップからも引き付けられ、「目から鱗」の思いであった。
昨今の医学的説明には「EBM(Evidence-Based-Medicine:客観的な医科学的根拠に基づいて決めよう)」が求められる。しかし、田中まゆみ医師が書いた「ハーバードの医師づくり」(医学書院)の中には「これは誰にも異存がない正論であるが、問題は、肝心の「医科学的証拠」が実に少ない、という現実にある。(中略)厳密にEBMを実行しようとするとそれに当てはまる治療報告は殆ど存在せず、たちまち立ち往生してしまう。」とある。
そして、この状況を打開するのは「OBM(Opinion-Based-Medicine:主観的・経験的・定性的な根拠に基づいて決める)である」と記している。同感である。
ショーン・サリバンもアンケートによるプレゼンティーズムスコアと不良品発生率・クレーム発生率・欠勤率・離職率等の相関性を取っているが、最後は単位時間当たりの個人およびチーム生産性を、個人とチーム長にアンケートで聞いている。すなわち、「あなたの(チームの)最も良い状態の生産性を100%としたとき、今月は何%だったと思いますか?そして、それはなぜですか?」との主観的・経験的・定性的情報を集めて、その相関性を求めるのである。
 
考えてみれば、仕事が手に付かない大きな不安や激しい歯痛を客観的・定量的数値で表すことはできない。生産性を低下させている要因は、本人が一番良くわかっているが、それは機械では測定不可能なものであると、私には思えてならない。サリバンの怪訝そうな顔を改めて思い出す。       

(文責:鈴木誠二)